山陰は「日本のふるさと」心育む自然との共生

環境新世紀・特別寄稿

山陰中央新報 2002年5月3日14面

 「大地にも、空気にも、水にも、岩石にも、泉にも、河川にも、そして大海原にも、すべての生命の尊厳性があります。もし、私たちが、その尊厳を侵すならば、人間自身の尊厳をも侵すことになります」-二十世紀の最大の歴史学者であるアーノルド・J・トインビー博士が、ひときわ力を込めて、私に語られた言葉である。

 トインビー博士との対話は一九七二年の五月、新緑のロンドンで始まった。博士は八十三歳。私は四十四歳であった。

 二年越しに、延べ十日間、博士のご自宅で朝から夕方まで語りに語り合った。ときには、近くのホーランド公園へ出て、三千種の樹木に小鳥がさえずる薫風の道をご夫妻と散策しながら、語らいを続けたことも懐かしい。
 
「人生と社会」「政治と世界」、そして、「哲学と宗教」などなど、万般にわたって論じ合う中で、格別に白熱したテーマの一つが「環境問題」であった。リサイクル(再生利用)や省エネルギーの推進、食品添加物や化学物質の見直し、環境教育や環境報道の展開、そして生活様式の転換など論点は多岐に及んだ。
 
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 その際、博士が結論的に協調されたのは「人類の生存に対する現代の脅威は、人間一人ひとりの心の中の革命的な変革によってのみ、取り除くことができる」という一点であった。いうなれば「環境問題」とは「人間問題」である。

 思えば、三十年前の七月、山陰を襲った豪雨の被害に胸を痛めたのは、このトインビー博士との対談を終え、帰国して間もなくのことであった。郷土の復興に立ち上がる友人たちを見舞い、松江へ駆け付けた折、私はある新聞社の感銘深いエピソードを伺った。

 それは、豪雨の渦中、社屋が水没の寸前にまで追い込まれながら、懸命に輪転機への浸水を食い止め、一日も休まず新聞の発行を続けて、被災者を勇気付けた闘いである。社員たちは、輸送が途絶した地域にまで、自ら新聞を肩に担いで配達していったという。私は胸を打たれた。その不撓(ふとう)不屈の「言論の大城」こそ、山陰中央新報社であったのである。

 今、創刊百二十周年を刻まれる山陰中央新報は「環境新世紀」へのオピニオン・リーダーとなって、市民の英知と良識を大きく結集されている。

 江戸っ子の私は、若き日から、山陰を訪れるたびに、ふるさとに帰ったような安らぎを覚えてきた。

 遠くは、戦前、小学校の学芸会で「因幡の素兎(しろうさぎ)」の劇をした思い出がある。私は兎にだまされるサメの役であったが、因幡の国も、隠岐の島も、はるかな憧(あこが)れのロマンの天地として心の奥に刻まれた。

 伯耆富士・大山の威容。風わたる桝水高原。陽光に映える宍道湖。安来の田園風景。日御碕から望む絶景…。山陰の安らぎは自然からくるだけではない。ここには、ふるさとの山河を尊び、人と人とのつながりを大切にしゆく清き心が、純朴に誠実に躍動している。

 「心けがるれば土(国土)もけがれ 心清ければ土も清し」とは先哲の至言である。

 兎追いし あの山
 小鮒釣りし かの川…

 名曲「故郷(ふるさと)」のメロディーは、山陰の出身である岡野貞一氏によって作曲された。日本を代表する男声コーラスの「ダーク・ダックス」が南米各地で公演した時にも、感動が最高潮に達し、皆が涙したのは、この「故郷」の合唱であったという。

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 この春、太平洋の隣人であるエクアドル共和国のノボア大統領ご夫妻をお迎えした。中国と韓国を歴訪して日本に到着されたその日の夕べに、わざわざ東京・八王子の創価大学まで、足を運んでくださったのである。

 大学で四十年間、学生を教えてこられた大統領は、学生たちの歓迎演奏を、ことのほか喜ばれていた。心ある指導者は、政治や経済の次元を超えて、未来に焦点を当てた「教育・文化」の交流に真剣である。

 今春、東京の桜は例年より十二日も早い開花で、三月末のキャンパスはすでに満開であった。山陰中央新報の連載でも取り上げられていたが、深刻な「地球温暖化」の影響は、桜の開花時期の早まりからも、年々歳々、痛感させられるところだ。

 温暖化対策が急務のなか、創価大学は「地球の生命の森」でアマゾンの環境保護の一助として、地元のSGI(創価学会インタナショナル)などと協力し、「熱帯雨林再生研究プロジェクト」を進めてきた。そうした貢献に、エクアドルなど南米八ヵ国で構成される「アマゾン協力条約」暫定事務局から特別顕彰を拝受した縁も踏まえつつ、私たちは大統領と更なる友好の拡大を約し合った。

 大統領との会談で、ひときわ大拍手が沸き起こったのは、サッカーのワールドカップにエクアドルの悲願の初出場が決定したことを祝福した時であった。このエクアドルチームの合宿地は鳥取市である。大統領に同行されていたアビラ駐日大使も、その静かな環境と市民の温かい歓待に感謝され、鳥取を選んだことを誇りに思うと語っておられる。

 また出雲市でも、山陰を愛してやまなかった文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の故郷アイルランドチームが合宿する。

 ともあれ、わが愛する山陰は、世界に誇る「日本のふるさと」である。

 人間は「ふるさと」を忘れたとき、傲慢(ごうまん)になる。「ふるさと」への感謝を失ったとき、原点を見失う。二十一世紀を生きゆく青少年にも、心の「ふるさと」を持たせてあげたいものだ。

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 ある人間教育の達人は「子どもには、なるべく自然にふれさせ、裸足(はだし)で土を踏ませた方がいい。土を踏まないと生命力が落ちるからだ」と言っていた。

 もう四半世紀前になるが、米子を訪問した夏、友の真心で、おとぎの世界さながらの蛍の光の舞を見せてもらった一夜を、鮮烈に思い起こす。

 「環境のバロメーター」といわれる蛍が、いま山陰の各地で復活していることは心躍るニュースである。そこには「生活排水の改善」など水質浄化に、長年にわたって取り組んでこられた、尊き市民の努力が光る。私が創立した大阪・交野の関西創価学園でも、草創以来、蛍の飼育を続け、すっかり地域の夏の風物詩として親しまれている。

 蛍の命は繊細である。水換えや餌やりを怠れば、大量の幼虫の死を招いてしまう。学園生たちは一匹一匹、丹精込めて世話に当たりながら、命を育て守る苦労と喜びを学んでいるようだ。

 生命は、いずこより来たり、いずこへ行かんとするのか。生命の尊さを実感し、自然との共生を志向しゆく「環境教育」は心を豊かに育み、他者との連帯を促す「人間教育」そのものであろう。

 さらにまた、生命の尊厳の次元において、「環境教育」は「平和教育」とも奥深く連動する。戦争と暴力こそ、最大最悪の環境の破壊であり、そして生命への冒とくであるからだ。

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 今年の八月には南アフリカで「地球サミット(国連環境開発会議)」が開催される。そこでは、画期的な憲章の採択が目指されている。それは、私の旧知であるゴルバチョフ元ソ連大統領やルベルス国連難民高等弁務官たちが推進する「地球憲章」である。私も制定委員会から要請を受け、草案へのコメントを送らせていただいた。

 この「地球憲章」には、高らかに謳(うた)われている。「私たちの時代を、生命の新たな尊厳への目覚め、持続可能性を実現するための確たる決意、正義と平和を確立するための更なる努力、そして、喜びと祝福に満ちた生命と共に想起される時代にしようではないか」

 新しい人類史の回転は始まった。その推進力は、市民の声である。なかんずく女性たちの声であろう。

 現在、私はアメリカの未来学者ヘンダーソン博士と対談を進めている。博士は平凡な主婦として仲間と「きれいな空気を守る市民の会」を発足して以来、環境保護の運動に一貫して尽力してこられた。

 反対の勢力からは、「アメリカで最も危険な女性」などと散々に悪口を言われた。しかし博士は「言うべきことを声を大にして言っていく-これが、自分の存在意義と思っていますので、誰も私のことを止めることなどできません」と朗らかに語っておられる。

 物質的な経済成長のみの追求ではなく、人間らしい精神的な成長や、文化の向上、人権の尊重、環境の保護等の指標を掲げ、健全な社会を建設していく。ここに、博士の提唱する「愛情の経済学」のビジョンがある。

 この視点から見つめる時、ふるさと山陰には何と美しい環境が光り、何と豊かな文化が光り、何と深き人間性が光っていることか。

 その意味において、私は山陰を「山光」との愛称で呼んできた。

 かつて、日本の軍国主義と戦って獄死した信念の人間教育者は、島根や鳥取をはじめ環日本海地域を「東洋の地中海」と意義付けた。そして、北東アジアの人々が、この内海を中軸として国家や民族を超えてダイナミックに結合し、平和と共生の新たな文明を創造しゆくことを、強く希望してやまなかった。

 近年、私がお会いする中国や韓国、アジアの識者からも、山陰の方々との麗(うるわ)しい交流の広がりをよく伺う。わが「山光」の光彩が、「環境新世紀」へ一段と輝き増していく感を覚える今日このごろである。

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